人事はヒトゴトか?

組織論、人材開発、人工知能に関するトピックについて書いていく。学術的観点と人事の実務の両方の視点を大切に。

日本的人事管理論 太田肇著

 秋学期のIndependent Studyで「日本型人事管理における内部コンサルティングの重要性」というテーマに取り組むこととした。その端緒として、「日本型人事管理」とは何かを探るために読んだ一冊。日本型人事管理の特徴といえば、終身雇用・年功序列型賃金・企業別労働組合の3つが挙げられる。また、これに加えてコース別人事管理や成果主義の導入を論じたものは数多くあるが、個々の制度にフォーカスしたものが多く、これらの制度設計の背後にある考え方や慣習、さらにはその変遷へ踏み込み、日本型人事管理の全体像を描いた書籍・論文は非常に少ない。筆者は、日本人の働き方、特にその変遷について多くの著書があり、この分野の第一人者と言える。

 余談だが、日本型人事管理について示唆に富む内容のブログはいくつか存在する。hamachan氏roumuya氏など。それぞれ、労働行政、人事労務の実務担当者という視点から我が国の人事管理について鋭い分析・指摘・提案をしている。惜しむらくは、ブログというメディアの性質上、体系的な理解には不向きであるという点である。

 さて、閑話休題。本書では、全体を通して、「工業化社会 vs ポスト工業化社会」という図式で、これまでの日本型人事管理の変遷と今後求められる人事管理を論じている。筆者が指摘しているそれぞれのポイントを挙げると以下の通り。

  • 工業化社会における日本企業の人事管理優等生型の人材を求める。優等生型とは、正解がある問題を解くのが得意、既存の知識・技能を習得するのが早い、といった特徴を指す。(p20, p57)
  • 経験値とパフォーマンスに強い相関関係があり、年功序列型賃金を採ることに一定の合理性がある。(p37)
  • 組織と仕事を同一視して、組織に対して強いコミットメントを従業員に対して求める。「組織へ恩を返す」といった考え方に基づいた消極的動機づけが主流。(p49-53)
  • 戦後、人事考課制度を導入し、従業員の選別を図る企業が増加した。しかし、日本企業での人事考課はアウトプットよりもプロセスに主眼を置いているため、評価が主観的になりがちで、人事考課で算出される数字の妥当性に問題があった。そのため、成果主義を始め、様々な評価手法が試されている。(p40-43)
  • 工業化社会においては、インプットの量(主に労働時間)がアウトプットの量に比例しやすいため、長時間労働者が貢献度が高いとみなされがち。(p62)
  • 組織と個人の目標を統合する「直接統合」が主流。(p155)

 

ポスト工業化社会における日本で求められる人事管理

  • 一般化できる可能性のある特殊的能力を持つ人材が求められる。こうした人材の育成には経験を積ませる(修羅場をくぐらせる)ことが有効。(p30, p35-36)
  • 長時間労働よりも創造性が求められる。(p63)
  • コア能力の評価が難しくなるので、1つの物差しではなく、複数の眼で評価を行う「評判」のような評価制度がふさわしい。(p68)
  • 企業主導による人事異動、キャリア形成ではなく、やりたい仕事を選ぶ権利をインセンティブにした人事管理が求められる。(p101)
  • 受動的な動機づけでは成果が上がらない時代なので、金銭による動機づけではなく、承認による動機づけが必要。(p117)
  • 直接統合では環境適応が困難なため、組織と個人が顧客や市場を媒介として目標を共有する「間接統合」が望ましい。(p158)
  • 同一性を基本としたチームワークから異質性を基本とするチームワークへ(p168)

 

 こうした時代の変遷の中で、筆者は元来の日本型人事管理制度はポスト工業化社会で求められるマネジメントに合致すると評価している。(p192) それは、日本型人事管理制度が「あいまいさ」に立脚した制度であるためである。建前と本音という言葉に表されるように、制度や枠組みにとらわれない実情に即した運用が存在したり、人材の選別が入社後の実績に応じて行われる点、暗黙知を重視し徒弟的なOJTで人材育成が行われてきた点は、経営環境の変化が激しい現代において、型にはまらずに対応できるという強みとなりうる。こうした「あいまいさ」は、人事制度の「近代化」で目に見える公平性を追求しすぎた結果、多くの日本企業で失われてしまった。ポスト工業化社会を迎え、元来の日本型人事制度をもう一度見直し、その「あいまいさ」という強みを現代のマネジメントに生かすことができるはずである、というのが筆者の見解である。

 

 私の所感を要約すると以下の通り。

  • 工業化社会vsポスト工業化社会という図式は、第二次産業vs第三次産業や既存の製造業とIT産業という図式にも置き換えられる。これらの両者では求められる人事管理制度は明らかに異なる。
  • 日本では今も製造業の企業が主流であることから、工業化社会型の人事管理が主流である。これらの主流企業がポスト工業化社会型の企業へと変節していく過程で、人事管理の変節がついて来れていなかったり、変化において摩擦が発生したりしているため、多くの企業で人事管理に課題を抱えている。
  • 筆者の挙げる具体的な新しい人事管理手法のうちのいくつか(評判による人事考課、金銭的報酬の軽視)は実効性の疑問があるが、全体としての方向性は非常に示唆に富むものだと評価できる。労働への価値観、外部労働市場など社会環境、日本人の気質といった、従来の人事管理の議論で見落とされがちな点にも目が向けられている。企業の人事担当者・経営者のみならず、行政関係者、コンサルタントなどにも勧めたい一冊である。
  • 一点だけ欠点を挙げるとすれば、参考文献の多くが自著であるため、学術的な面での根拠・客観性がやや弱く感じられた。筆者の意見は、実務家として賛同できる部分が多かっただけに、学術的観点からも頑強な主張にしてほしかった。

評価 ★★★★☆(星4)